2006,9,16
| 「人取川」 |
| 泰山寺一帯は、その昔、蒼社川がたびたび氾濫して田畑や家を押し流し、多くの人命が奪われていました。人々は恐れ苦しみ、この川を「人取川」と呼んで洪水を悪霊のしわざと信じていました。当時、この地には伊予の国府があったのですが、「人取川」の氾濫を防ぐだけの力がありませんでした。ある時、弘法大師がこの地を訪れ、苦しむ人々の姿を見て川が氾濫しないよう堤防を築きました。その後、大師は川原に壇を築き、土砂加持の秘宝を修したところ、満願の日に延命地蔵が空中に現れたのです。大師は現れた地蔵尊を刻んで本尊とし、寺を建立し、寺名を延命地蔵経十大願というお経の中の第一「女人泰産」からとって泰山寺と名付けたといいます。今も境内に残る「不忘の松」はこの時、大師が記念にと植えられた松であると伝えられています。 |
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不動明王と制多加童子恵光童子たち 弘法大師 と 不動明王

「念ずれば花ひらく」 が故に一心にお願いを託します。
人それぞれの思いを 体当たりで 信じて これからも
四国遍路に友と共に お参りいたします。
愛媛県今治市小泉1−9−18